マイペース博士課程のああだこうだ

マイペースな博士課程が主に科学トピックについてああだこうだとつぶやきます。

「巨大ウイルスと第4のドメイン」を読んで

小さいはずのウイルスなのに巨大?

皆さんこんにちは。

今回は当ブログのメインテーマである備忘録第一弾です。そして、その第一弾に選んだ本はこちら、

「巨大ウイルスと第4のドメイン武村政春著、ブルーバックス

です。

 

そのタイトルにあるように、この本は巨大ウイルスにフォーカスした本となっています。タイトルを聞いてもクエスチョンマークが頭に浮かぶ人は多いのではないでしょうか?

まず、ウイルスというのは病原体であり、おおよそ肉眼でみることができる大きさではありません。つまり、ウイルスというものを現すときに連想する単語は「小さい」になることが多いと思います。しかし、今回フォーカスされているのはウイルスはウイルスでも、"巨大"ウイルスです。では、どれくらい巨大かというと、この巨大ウイルスの直径は、0.75マイクロメートルあるのです。例えば、インフルエンザウイルスは約0.1マイクロメートルしかなく、巨大ウイルスはインフルエンザの75倍も大きいのです。また、ウイルスとは別の微生物である細菌の例として、生きて腸に届けたい乳酸菌は約1ナノメートルくらいであり、巨大ウイルスはウイルスというよりも、細菌に近い大きさなのです。

(ナノやらマイクロやら聞きなれない単位が出てきて、どれくらいの大きさかピンと来ない人も多いかと思います。調べてみると、日本人の髪の毛の太さは平均0.08ミリメートルだそうです。これをマイクロメートルに換算すると、髪の毛の太さはだいたい80マイクロメートルです。なので、巨大ウイルスは髪の毛の100分の1の大きさになりますね。)

また、巨大ウイルスが"巨大"ウイルスといわれる所以はその体の大きさだけではありません。巨大ウイルスが持っているDNAも巨大であり、それまで見つかっていた最大DNA長よりも3.3倍近く長く、最小の細菌よりも長いDNAを持っていることが分かったのです。

何はともあれ、2003年に発見されたこの巨大ウイルスは今までのウイルス界の概念を遥かに上回る、文字通り大型新人だったのです。

ちなみに初めて見つかったこの巨大ウイルスはミミウイルスと名づけられました。ファンタジーもののゲームやお話で「ミミック」といわれるモンスターをご存知でしょうか?このモンスターは普段は宝箱に擬態しており、それを開けようとした人を襲うというずる賢いモンスターです。このように、ミミックとは真似るとか似ている、のような意味であり、ミミウイルスもその巨大さから発見当初は細菌の一種であると勘違いされていたくらいです。つまり、細菌に似ていることからミミック-ウイルス、ミミウイルスと名づけられたのです。

 

巨大ウイルスは生物の定義を揺るがす

話は変わりますが、皆さんは生物の定義を知っていますか?実は完全なコンセンサスは存在しないようなのですが、その存在が何かで区切られている、自分でエネルギーを作ることができる、そして自分で増殖することができる、この3つが一般的な生物の定義です。

そして、ウイルスはこの生物の定義からは外れるのです。つまり、ウイルスは生き物ではないのです。では、ウイルスは何なの?と思いますが、定義から外れる以上、単なる化学物質の集合体ということになってしまいます。

つまり、我々生物は単なる化学物質の集合体によって病気を発症し、苦しめられている?とやるせなく感じてしまいますが、残念ながらそうなのです。しかし、それはあくまで定義上は、です。

ウイルスが満たしていない生物の定義は「自分でエネルギーを作ることができる」と「自分で増殖することができる」です。では、ウイルスはこれらの点を満たすことなく、どうやってこれまで存続し続けてきたのでしょう。

答えは、ウイルスの生存戦略にあります。(生き物ではないのに"生存"戦略といってもいいものかは甚だ疑問だが。)

ウイルスは生物に感染すると、感染した先のその生物が持っている生物である故のメカニズムを間借りします。つまり、ウイルスは生物が持っている、エネルギーを作るシステム、生物が増殖するシステムを利用してしまうのです。これによってウイルスはこれまで繁栄してこれたのです。そして、それらのシステムを自分で持っている必要がないので、ウイルスは小さくいれるのです。

 

話は巨大ウイルスに戻ります。

巨大ウイルスはサイズおよび持っているDNAが莫大であると言いましたが、ただ大きいだけではないのです。なんと、巨大ウイルスは本来ウイルスが持っていないはずの、先のシステムの構成要素の一部を持っていたのです。現状、構成要素の一部しかもっていないので、巨大ウイルス単体でエネルギーを作ったり、増殖したりはできません。しかし、それまでウイルスが持っていなかったものを持つウイルスが見つかったこと自体が想定外です。そして、巨大ウイルスは次々と新しい種類のものが見つかってきているのですが、持っているシステムの構成要素が多いものがどんどん見つかっているのです。

可能性は低いかもしれませんが、いつかは生物に必要なシステムの構成要素全てをコンプリートした巨大ウイルスが見つかる日が来るかもしれません。

そして、これらの新発見を加味して、生物の分類に巨大ウイルスを追加したほうがいいのではないかという説が出てきました。

現在の分類では、生物は真核生物、細菌、古細菌の3つに分けられています。我々人間は真核生物ですね。そして、これら3つの分類に加えて、巨大ウイルスという分類を追加しようじゃないか、というわけです。この分類に巨大ウイルスが肩を並べれば、生物の定義が見直されるという事になります。

 

おわりに

ウイルスを研究している身からすると、このような巨大ウイルスが発見されたことはとてもワクワクさせられます。それは新しいものが見つかったことに対するものだけでなく、それが今までの常識を覆しつつあるということに対してもです。そして、科学における何かの定義、今回でいうと生物の定義になりますが、定義というものは所詮人間が決めたことに過ぎません。したがって、巨大ウイルスの台頭のように、何かを機にその定義が揺らぐことは今後も大いにあると思います。

確実な定義が今後定まることはあるのでしょうか。あったとしても、それは私が生きている間に成し遂げられることはないでしょう。それを見届けることができないのは残念ですが、現時点で分かっていることをできるだけ明らかにすることが私たち研究者の使命なのでしょう。

 

ここらで止め時にしないと、これ以上ダラダラと長くなりそうだったので、今回はこれくらいで筆を置こうと思います。もちろんこの本の全てを紹介することはできていません。なので、興味を持った方は是非ともこの本を読んでみてください。

 

それではまた。