マイペース博士課程のああだこうだ

マイペースな博士課程が主に科学トピックについてああだこうだとつぶやきます。

植物ウイルスは単なる悪者ではなかった?

私が行っている研究について

皆さんこんにちは。

先日の書き込みでは、このブログでは私が読んだ本について備忘録的にああだこうだとつぶやくと言ってましたが、せっかくなので自分が行っている研究について簡単に説明したいと思います。

 

先日も言いましたが、私の専攻は植物ウイルスです。

ウイルスというと、2020年3月現在、新型コロナウイルスが世界各地で猛威を奮っています。コロナウイルスは我々人間に感染するウイルスであり、いわゆる風邪ウイルスの総称です。

 

このように人間がウイルスに感染するように、実は植物もウイルスに感染します。

といっても、道端の植物がゲホゲホと咳き込んだり、くしゃみをしている光景は見たことないですよね。

植物がウイルスに感染すると主に現れる症状は見た目の変化です。

葉っぱが黄色っぽく変色していたり、葉の一部がくしゃくしゃっと変形したりする場合が多いです。(ただ、症状が見た目で分からない場合もあります。)

 

このような植物の病気は農作物の収量低下や、観賞用の植物の価値を低下させます。

そのため、植物ウイルス学者は日々、病気をどうすれば抑えられるか・予防できるかを研究しています。

 

ではブログ主もそういう研究をしているの?

と思うかもしれませんが、実はそうではありません。

私は植物ウイルスを「ツール」として使う研究をしています。

「病原体をどうやってツールとして使うの?」

「まさか某サバイバルホラーゲームのように、感染した対象(この場合は植物)をゾンビに変えてしまうような生物兵器を作ろうとしている?!」

 

もちろんそんなことはありません。

具体的には植物ウイルスを使って、植物の遺伝子がどんな役割を持っているかを調べることができるツールを開発しています。

このツールは一般的にウイルス誘導性ジーンサイレンシング(VIGS)といわれています。

 

VIGSって何?の前に

VIGSの原理を説明する前に、覚えておいてもらいたいことがあります。

それは「DNA」と「遺伝子」です。

いずれも生物の授業で一度は聞いたことのある単語だと思います。なかには、DNAも遺伝子も一緒じゃないの?と思う方もいると思います。しかし、似て非なるものです。

簡単にいうと、DNAは文字、遺伝子は単語です。つまり遺伝子はDNAという文字で書かれた意味のあるまとまりです。

例えば、「あとんぼるすえちのみふ」のような文字列があったとします。

平仮名が無作為に並べられているので、文字があるのはわかりますが、意味をなしていません。

しかし、「きょうはいいでんきだ」という文字列があったとすると、

なるほど、今日はいい天気なんだなと意味を生じます。

 

我々生物は生物として生きていくために、体の中にDNAという文字が気が遠くなるくらい刻み込まれています。しかし、DNAで書かれた文字列は、本のように最初から最後まで単語の組み合わせ、つまり意味がわかるように書かれているわけではありません。DNAの文字配列は意味の分かる遺伝子の部分と、意味をなさない単なる文字の羅列の部分がつぎはぎで構成されています。

さて、これを前提としてVIGSの概要を簡単に説明します。

VIGSって何?

例えば、植物の遺伝子を構成するDNA文字配列が書いてある紙を入れると、その遺伝子を働かなくさせることができる魔法の機械があるとします。(なぜかはおいといて)

そして、手元には植物の葉っぱの色を作る遺伝子、葉っぱを正常に形づくる遺伝子、植物を成長させる遺伝子のDNA文字配列三種類があるとします。

DNA文字配列を基に、機械を使ってそれぞれの遺伝子を働かなくさせると、葉っぱの色が作られなくなり、白い葉っぱになる。葉っぱが正常に作られなくなり、くしゃくしゃの葉っぱが作られる。植物が成長しなくなり、背の低い植物になる。など、植物の見た目が変化します。

 

ある時、それらのDNA文字配列を基に、いずれかの遺伝子を働かせなくさせて植物の見た目を変化させようとしました。

いざ、DNA文字配列が書いてある紙を取り出してみると、紙に書かれているはずだった文字配列がきれいさっぱり消えていて、どれがどの遺伝子のDNA文字配列の紙かわからなくなってしまったと仮定します。

でも安心してください。

この魔法の機械は、文字が消えてしまった紙でも、元々書かれていたDNA文字配列に対応した遺伝子を働かなくさせることができます。

 

そこで、文字が消えた紙をどれか適当に一枚選んで、機械に入れます。するとどうでしょう。植物の葉っぱは白く変化したではありませんか。

つまり今選んだ紙は葉っぱの色を作る遺伝子のDNA文字配列が書かれていた、と、わかるのです。

他の二枚の紙も同じようにすれば、どれがどの遺伝子の文字配列が書かれた紙かわかるでしょう。

 

このように、何の遺伝子のDNA文字配列かはわからないけど、何かしらDNA文字配列が書かれた紙が手元にあった場合、その紙を基にその遺伝子を働かせなくさせて、見た目がどう変わるかで、何の遺伝子のDNA文字配列が書かれた紙かを調べる方法があります。

 

VIGSもこの方法に則っています。

植物ウイルスに何の遺伝子のものかはわからないDNA文字配列が書かれた紙を持たせておきます。

その紙を持った植物ウイルスを植物に感染させます。植物側はウイルスに感染して病気にかかることは避けたいので、ウイルスを排除しようとします。

これは人間でいうところの免疫に近いものです。(厳密には違います)

この免疫によって、植物ウイルスは病原体として働かなくさせられるのですが、紙を持ったウイルスの場合、持っている紙にかかれたDNA文字配列の遺伝子まで働かなくさせてしまいます。

するとどうでしょう、遺伝子が働かなくなったせいで、植物の見た目は変化します。

 

つまり、何の遺伝子かわからないDNA文字配列の書かれた紙を持たせたウイルスを感染させ、生じた見た目の変化を観察すれば、何の遺伝子のDNA文字配列の紙であったかどうかがわかるのです。

 

これがVIGSの原理ですが、何の遺伝子のDNA文字配列の紙かどうかを調べることをどうしてウイルスを使ってやらないといけないの?と思うかもしれません。

実はウイルスなんか使わなくても調べることはできます。というよりも、むしろ使わない方法の方が主流です。

しかし、その方法がうまくいかない植物の種類も多く存在します。そこで、このVIGSという、ウイルスを使う方法が開発されました。そしてこのVIGSという方法は時間もお金もそんなにかからないと注目され、広く使われるようになりました。

そして私はとある植物で使うことができるVIGSを開発しようとしています。

 

簡単に説明します、と言ったものの、書いていたら楽しくなってきてしまい、長くなってしまいました。私の悪い癖です。

 

おわりに

「ウイルス」というと、病原体というイメージが先行します。もちろん病原体であることに変わりはありません。しかし、植物ウイルスには今回紹介したように、何かの役に立つ面もあります。これは我々人に感染するウイルスも一緒です。インフルエンザが流行する時期になると、予防接種をする人も多いのではないでしょうか。予防接種はワクチンといって、病気を起こさない程に弱体化させたウイルスをあらかじめ体に入れることで、病気になることなく免疫を獲得することです。

このように、ウイルスはきちんと研究をして、適切に扱うことで、我々の役に立つこともたくさんあります。

 

そしてそのような研究をしている私みたいな人もいるという事を知ってもらえれば研究者冥利に尽きます。

 

それではまた。